自由研究所

大学院を辞めた。元院生としか名乗れない何者でもない名刺を持たない25歳のお話。

『図書館戦争』との再会

 

図書館戦争が大好きで大好きで好きすぎて人生が変わってしまったyamepippiです。

 

私が図書館戦争と出会ってからもう10年くらい経つみたい。

 

…こわいーーーこわいよーーーー

 

この10年の間に中学生だった私は高校に行って大学に行って大学院に行って

図書館戦争のことを忘れる日もあった。

 

図書館戦争に出会った中学校の図書館を卒業し、

図書館戦争と共に時間を過ごした地元を大学進学と共に離れ、

進学先で図書館戦争の映画を見て、

 

そして最近引っ越してきた場所で漫画図書館戦争の最新刊と再会した。

 

引っ越す先引っ越す先で 図書館戦争との再会がある。

 

図書館戦争をうっかり忘れていた日々に突然現れる記憶たち。

 

鮮明に思い出されるエピソードとそれに付随する過去の日々。

 

図書館戦争おもしろいよね私も大好きなのよ、と声をかけてくれた中学校の先生や、

教室でずっと図書館戦争を読んでいた私に対してキモい死ねと突然喧嘩を売ってきた女友達。

私の図書館戦争熱に引くことなく一緒に盛り上がってくれた男友達。

 

みんなみんなどうしてるかなー

 

中学高校大学と多感な時期に熱中したものだからか、

付随する思い出が多すぎてまぶしすぎて目眩がするー

 

 

 

ちなみに最新刊はまだ購入していません。

だって最新刊の帯を保存するA3のファイルを実家に置いてきたからね☆

 

 

 

 

yamepippi-nikki.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

『図書館の神様』を探していたら『図書館戦争』に出会って人生変わった話2

図書館戦争』に影響を受けたのは

進路選択だけではなかった話

 

『図書館の神様』を探していたら『図書館戦争』に出会って人生変わった話第2弾。(第1弾は以下)

 

yamepippi-nikki.hatenablog.com

  

図書館戦争に出会ったのが中学1年生の冬。そこから2年間中学時代は尽きることない愛と飽くなき追求心で図書館戦争をを愛し抜いた。その後高校は地元の進学校へ進学。大学に進学しようと思ったらその高校に行くしかない、他に選択肢は無い地域だった。

受験戦争のない田舎の良さと選択肢のない田舎の閉塞感に辟易としながらも、それでも15歳の私は華のJK生活に心を躍らせた。いつの間にか私の目は図書館戦争ではなくseventeenを追うようになり、図書館戦争の話題を口にすることも少なくなっていった。

 

しかし図書館戦争の影響は計り知れず、図らずも私の高校生活をも大きく変えていったのである。

 

きっかけは高校1年生から2年生に上がる前の春休み。学校の企画で、学業・部活動の成績優秀者を中心に学年の選ばれし者だけが関西研修に行ける、というものがあった。自薦他薦問わず。何か変化が欲しくて、こんな田舎から早く出ていきたくて、この企画に応募した。

当時部活にも入っておらず、成績も鳴かず飛ばずのなんとなく過ごしていた高校生活で他薦されるようなものは何も持っていなかった。それでも関西研修に行ってみたかった。高校1年生はまだまだ思春期の多感な時期で、自薦なんてするような人は私しかいなかった。が、とにかく関西に行きたかった。とにかく刺激が、刺激が欲しい。新しい空気に触れたい。こんな退屈な毎日は息が詰まる。こんな田舎もう嫌だ。早く出ていきたい。外の世界を見てみたい。そしてなにより、

 

関西には有川浩さんがいらっしゃる!!!!!

 

もしかしたらもしかすると有川浩さんに会えるかもしれない。もしかしたらもしかすると噂の阪急電車に乗れるかもしれない。もしかしたらもしかすると会えるかもしれない!!もしかしたらもしかすると乗れるかもしれない!!もしかしたらもしかすると!!!!

 

私の中で何かが再び燃え上がった。その何かは紛れもなく、図書館戦争への、ひいては有川浩さんへの愛だった。

 

都会に行けば憧れのあの人に会える!という今も昔も変わらない田舎者の発想だった。関西といえど有川浩さんがいると考えられるのは兵庫県、研修で行くのは大阪・京都。物理的に離れすぎているうえに何よりも人口が多い。こんな田舎とはくらべものにならないくらい人が多い。会えるわけない。会えたならばそれは奇跡以外の何物でもない。と、頭では理解しつつも、その奇跡を願ってやまなかった。ふわふわとした高校生活の中で何かにすがりたかったのかもしれない。

 

目立った成績のない私はとにかく自己アピールをし続けた。自薦の文書を提出した後は、毎日担任の先生に「お願いしますよ!関西に連れて行ってくださいよ~!」とくねくねお願い。そうしていたらそのまま職員室に行かれ、ここで自己アピールをしろと言われた。それからは毎日毎日職員室に通って、なぜ関西研修に行きたいのかプレゼンをしたり文字に起こして紙面で配ったりもした。面倒くさがられても軽くあしらわれても全然めげなかった。会議で影響力のありそうな先生と重点的にお話したり、通りすがりの校長先生や教頭先生を捕まえてお話したり、最終的には「これで関西研修に連れて行ってくれなかったら職員室の真ん中で泣いてやる!」と職員室の真ん中で言うまで拗らせてしまった。もはや執念と我儘の塊だった。

高校生活の中でこんなに熱くなったことはそれまでなかったし、自分自身もこんなに積極的だったのかと驚いた。先生方もいつの間にか、お前がそんなに根性あるヤツだったとは知らなかったよ、と喜んでくれていた。 

 

愛はパワーだ。

パワーの源だ。

 

 

こうして無事関西研修に行くことが決まった私は、しみじみと図書館戦争に出会っていなければこのパワーは生まれてこず、関西研修に行くこともなかったろうなと噛み締めるのである。

 

西研修では有川浩さんに会えるわけもなく、阪急電車に乗ることもなく終わった。

やっぱり奇跡は起きなかった。

 

それでもこの関西研修は16歳の田舎者に大きな刺激を与え、学校側の思惑通りこれからもっと頑張ろうと思えた。何事にも影響されやすい、単純な性格は良いのか悪いのか。

 

とにかく大満足して関西研修を終え、次の一大イベントは修学旅行だな楽しみだな、くらいに考えていた。

 

しかし図書館戦争有川浩さんの影響はまだまだ私の高校生活を変えてくことになる…!関西研修なんて序の口だったのだ…!!